懐かしきNavyFieldの思い出(オープンベータテストからサービス終了まで)

NavyFIELD1

懐かしきNavyFieldの思い出(オープンベータテストからサービス終了まで)

青春の思い出のひとつとなっているNavyFieldについて、久しぶりに思い出したので書いてみたいと思います。後にも先にも、これほど思い出深いオンラインゲームは無いと思います。現在主流となっている課金アイテムゲームとは一線を画した、古臭いゲームでしたけど。それは毎日が楽しく、バーチャルの世界が輝いていました。思い出補正でそう見えるだけかもしれません。

オープンベータの頃

たまたま4gamerのサイトでオープンベータの告知が始まり、広く募集しだしたころだと思います。当時は中学になったばかりで、世は空前のブロードバンドブームでした。街中どこに行ってもYahoo BBのモデムがここぞとばかりに配られ、インターネット全盛期です。携帯電話もちょうど急速に普及していたころだったと思います。

当時の中学生はパソコン、ケータイ、オンラインゲームの3点セットを手に入れて初めて流行に乗っていた。そんなような気がします。かくいう私も1円ケータイでAUの学割で携帯を持っていました。四六時中Eメールを友人に送っていたっけ。とある日、メールの件数を数えたところ、送信メール、受信メールを合わせて一日100件近く送っていたなんてこともありました。

話をNavyFieldに戻します。当時はオープンベータ開始直後ということもあり、のんびりした雰囲気でした。ほぼ全員がFF(フリゲード)がDD(駆逐艦)という時代です。当時の経験値システムも貧弱で、戦闘に参加しただけでは経験値はもらえませんでした。とにかく弾を相手にあてないと経験値が入らないシステムです。

Navyfieldは操作がとても難しく、難しいゲームでした。開始から3週間ぐらいは何もわからず、ひたすら戦闘ルームに参加していました。敵味方入り乱れての打ち合いです。そんな中でも極僅かなユーザーがCLに進み、全員のまなざしを受けていました。当時のCLのグラフィックは巨大で、最上でもアイオワぐらいの大きさで描かれていました。

みんなでCLを守り、そしてCLに魚雷が来たら、身代りになって防いだものです。レベルも経験値もどうでもよいと思われていたおおらかな時代でした。

そんな時代が半年ほど続いた後、日に日にユーザーが増加してきます。そしてとある日、なんとサーバーのデータがまるごと消失してしまう事件が発生します。

データ消失事件

当時のNavyfieldは緊急メンテナンスが当たり前でした。定時メンテナンスが定時で終わったためしはありません。だいたいいつもずれ込みます。そして何度かデータが消失したことがありました。そのたびに1週間程度前の状態に引き戻され、レベルアップの努力が水の泡となっていきました。お詫びに何かもらった記憶もありますが、たぶんゲーム内のお金やポイントだったと思います。

そんなメンテナンスを繰り返しつつ、徐々にユーザーは増加していきます。その次に発生したのはユーザーの大幅増加でした。

ユーザーの大幅増加

ユーザーの大幅増加がもたらしたのは、対戦相手の増加だけではありませんでした。夜9時なると接続ユーザーが急激に増加し、ゲームがかくかくになる状態が恒常的に発生していました。メモリを増やすと改善するとか、グラフィックボードを挿すと改善するとかいう話があり、初めてメモリを増設したりしていました。

当時のメモリは高価で、128MBメモリで5000円を超えていたと思います。週刊アスキーのページにもバルクメモリーの価格というコーナーがあって、毎週のようにメモリの価格が安くなっていきました。当時のバルクメモリーは今のバルクメモリーとは違って、正規品の横流しみたいな流通をしており、製品型番のシールがはがされていたり、よくわからないシールが張られていたりと、胡散臭い思い出があります。それでも256MBで大容量メモリだなあと言われていましたから、NavyFieldは高スペックが要求されるゲームだったのです。

とはいえ、ユーザーが増えるに続き、いくらスペックアップしてもラグることが多くなってきます。それでもゲームサーバー側も徐々にサーバー増強をしているようでした。そんななか、ついにユーザー同時接続数が1000を超えるようになりました。

それにつれて、外国人も多く参加し、このあたりから徐々にゲームバランスが崩れ始めていきます。主に中国人、そして韓国のNavyfieldに参加できなくなった韓国人が多く参加し始めます。

CL在庫買占め事件

そんなユーザー増の時代に行った事件の一つが「CL在庫買占め事件」です。当時、CLの在庫は限られており、一度のアップデートで10~20隻ずつ追加されていました。CLの価格は国によって異なっていましたが、おおよそ20万~30万ぐらいです。当時はレベルアップにものすごく時間がかかり、酸素魚雷の威力が最強だったため、魚雷で一撃終了ということが多かったので、私も含めなかなかこの金額をためることが出来なかったような思い出があります。

そんな中、一部のユーザーが豊富な資金で次々とこのCLを必要以上に買い占める事件が発生します。それにつれて、CLの転売が多く行われるようになります。CLの中でも一番人気が阿賀野でした。飛行機(偵察機)を艦載出来ることが人気の理由だった気がします。

定価20万だった船体は徐々に値上がりし、100万でも買えないといった事態が起こりました。そして阿賀野の改造で得られる空母「大淀」は1000万でも手に入らないという異常な事態になった様に覚えています。たしかこの騒動をまとめたフラッシュ動画もつくられていたっけ..

ということで、ユーザーの増加は船の買占めという現象を起こしました。オープンベータでは一部のBBとCVが最高ランクに位置づけられており、船が大幅に足りない状態でした。それも運営側の「在庫制度廃止」により、一気に解消されることとなりました。

チート事件

Navyfieldは元々は韓国のゲームです。韓国でも大人気となり、本国ではチートツールがひそかに作られていました。それが流入した韓国人によって日本のNavyfieldにも持ち込まれ、不正に兵士のレベルアップを行ったり、お金やポイントを無尽蔵に生成していました。そんな人たちがいたため、ゲームのバランスが大きく崩れる事態となっていきました。

日本人は彼らの事を嫌い、ルームで見つけるとわざと攻撃したり、部屋からキックして排除したりしていました。かくいう私は何とか彼らと仲良くなり、ツールやお金をもらおうと、片言の英語で果敢に話しかけ、チートツールと1億円、一億ポイントをゲットしました。

そのお金でほしい相手もや兵士を買いあさりました。ここだけの秘密です。

ツールは何種類かあって、一度の戦闘で全兵士が2レベルずづアップするものや、異常に船の耐久性が強くなるもの、攻撃力が最高になるもの。などがありました。

当時入手したのはレベルアップとポイント、お金アップが同時に行えるチートツールです。一度の先頭で、確か2LVアップが出来た記憶があります。ちなみにツールは韓国語で表示されており、韓国のNavyfieldで使われているツールであることがわかります。

このツールを武器に、一日に何十レベルもレベルアップしました。NavyFieldでは相手の戦闘回数を表示できるコマンド「/who」が一般ユーザーにも提供されており、このツールでだれだれは勝ちXX回、負けXX回というこれまでの戦闘結果を誰でも知ることが出来ました。あまりにも戦闘回数が少ない上でレベルが高いと怪しまれるので、そこのところをうまく調整しつつ、こっそり(ギルドメンバーにも提供)使用していました。

ここで覚えているコマンドを書きます。

・/who  相手ユーザーの戦闘履歴を表示するコマンド(Win:000, Lose:000)

・/givecredit 金額 ユーザー名 ’ユーザー名’に対して’XXX円’のお金を送金するコマンド(チートで生成したお金を送りつけるユーザーが多発したため後に廃止になりました)

・/givepoint 金額 ユーザー名 ’ユーザー名’に対して’XXXポイント’のポイントを送金するコマンド(チートで生成したお金を送りつけるユーザーが多発したため後に廃止になりました)

・/time  現在の時刻を表示

・/all       現在の接続ユーザー数を表示(接続数が常時少ないことを運営にクレームするユーザーが多発したため後に廃止になりました)

・/save   戦闘中の動画を撮影(撮影データを解析し、相手の装備を表示するツールが流通したため後に廃止になりました)

話がそれましたが、こんなコマンドが当時のNFにはありました。時を同じくして、韓国や中国でもNavyFieldは大きな注目を集め、現地のユーザー数が爆発的に増加していきました。各国のサーバーはそれぞれ分断しており、ユーザーが入り混じることはありません。そんななか機能追加されたのが「国際サーバー」です。

国際サーバーの追加

確か毎月決まった日に国際サーバーが立てられ、現在の装備や兵員をそのまま特定のサーバーに転送させる機能だったように覚えています。国際サーバー接続用のクライアントソフトもインストールさせられました。

国際サーバーは日本、韓国、中国のNFユーザーが対象となった国際的なユーザー交流の場、というのが当初の思惑でした。

私も国際サーバーを楽しみにしつつ、いよいよそのときがやってきました。日本のユーザーはなぜかあまり参加しなかったように覚えています。いざ第1回の開催ではほぼ多くのユーザーが韓国人でした。

韓国人ユーザーVS日本人ユーザーといった構図です。ルームが1つ作られるやいなや、ルームの待合室でも日本人帰れ!、独島は韓国領土だ!の怒号の嵐です。ルームからキックされることあきらめず、何とか対戦にこぎつくことが出来ました。そんなこんなな状況に嫌気がさした日本人ユーザーも多く、圧倒的に日本側が参加人数では不利でした。

長く待った末、いよいよ戦闘の始まりです。韓国側は技量もへったくれもなく、とにかく突っ込んできます。戦艦も空母も関係なく一斉突撃です。対空砲や魚雷船とった連携もまったく行われていません。迎える日本側はもちろんいつものごとく、周りの船が対空砲火で戦艦や空母を守り、うまく役割をこなしていました。

結果はもちろん日本側の勝利です。

こんな戦闘の末、またルームに入ってみると怒号の嵐です。日本語の出来る韓国人が日本語でコメントを書き込んでくるのが印象的でした。

国際サーバーへ接続できる時間も限られており、そんなに流暢に遊んでいられなかったように覚えています。

こんなことが計2回ほど行われた後、やはり差別の問題が大きかったようで、国際サーバーは二度と開催されることはなかったようです。

加筆中…

(チート事件、givecredit事件、セーブデータ解析ツール事件、A1B1養殖事件、AIマクロツール事件、FF運動会イベント、国際サーバー、在庫切れ事件、中国人事件などは後々加筆したいと思います)

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